-kemurikikaku-

ママチャリで駆けずり回る小っちゃいオッサンの日記

タイタンVS鹿

 

 

2006 / 12/18

 

 

「海」という短編に太宰治が娘に海を見せてやらんければイカンなぁと思って実行する話しがある

というのも時代は大戦中で、いつこの子の頭上に爆弾の脅威がふりかかるかわからん

自分も海を初めて見たときの感動は今でも覚えてる。よし、この子に海を。

ということなんやけども、大戦の真っ只中、移動する時は疎開を意味している。

住処はジャンジャン追われて結果、最後の砦の生家津軽へ電車に揺られんやけど

車窓から海が見えて、さぁさぁなにはともあれ念願の海だよ、と興奮する太宰パパ

しかし肝心の娘は「YO-ダディ,ありゃ川だ」と無邪気そのもの

そこで太宰パパの原文引用

川じゃないよ。海だよ。てんで、まるで違うじゃないか!川だなんて、ひどいじゃないか。

と、失望。一人ボンヤリ海を眺めたという。

 

 

そこにある一人の、家族を持った男、それがあの太宰治という歴史に名だたる薄幸の作家かと思うと、自ずから幸せの涙が流れ落ちそうになるが、やはり笑ってしもうた。

太宰さんはこういう所が偉いなぁ

痛快。上手。好きだなぁ。

 

 

 

 

僕は好きな芸能人がコンビニで買い物してる所を見ても、口を塞ぐ覚悟は出来ている。

 

 

 

 

 

 

聖地に赴くとまた一つテンポが消えていた

聖地は本当に厳しいのだ

常に淘汰される店の郡

非常に戦いは過激であるが、その姿は人には見えない。
その店は安さを売りにしていたみたいやし、「雑誌でもお馴染みの」みたいな看板も出していた。

安くて、広告も気が利いても、それだけではいかんのだ。

Tsurubeさん曰く「客よし、店よし、世間よし」なのである。

 

 

太宰治 海