-kemurikikaku-

ママチャリに乗った小っちゃいオッサンの日記

それは甘夏のような

 

高く飛ぶ前の断食。

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寝床で丸くなれる幸せ。

 

2014年ジョエル・コーエンイーサン・コーエン監督作品「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」を鑑賞。

1961年ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ。フォークシンガーのルーウィン・デイヴィスは住む家も定職もなく、知り合いの家のカウチを点々としていた。レコードは売れず、デュオだったパートナーはいなくなり、居候先の猫を抱いて歩くハメに。真冬のニューヨークでコートもなく途方に暮れる。デイヴ・バン・ロンクの自伝を基にしたコメディ。

「ガロだ」と思って眺めていた。かつて青林堂が刊行していたアングラな漫画雑誌の中に描かれた、数多の”ざんない”出来事に巻き込まれるストーリーを思い出して薄暗い映画の中に吸い込まれる。シンプルなギターと滋味深い歌詞。フォークソングに漂う、なにか不幸でなければならないのか?という側面が映画になった印象を受けた。誰もなりたくて不幸になるはずもなく、煤けた心情を歌に託すことが尊かった世界観。ヒップホップにもある種そういう側面があり、詩の書き方などは同じニューヨークで継承されたものもあるのではないかと思っている。とにかく暗く、ゆるやかに悲惨なんだけど、こんなもんだ、とも思う。面白く見たけど笑えない、もう見たくねぇなという感じ。「ピーター・ポール&マリー」のオマージュで登場するキャリー・マリガンが可愛い。「劇中歌は撮影中に生で録音された」そうで、ちょい役で出演しているアダム・ドライバーのコーラスが奇妙で好き。

薄いフィルターをかけた淡い画面から覗く60年代のニューヨーク。ひとつずつ希望を消失させてルーウィンの足元をグラつかせ続ける物語。情けなさ、やるせなさ、暗澹たる気持ちになる材料を拾いあげ、ダレることなく60キロで走り続ける。史実ではこのあとアメリカから世界に渡る新人フォークシンガーが歌う舞台を横目に、ルーウィンは希望を見つけられたのだろうか。

 

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いい感覚で登場する可愛過ぎる猫が救いの映画。

 

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サントラではジャスティン・ティンバーレイクではなくエルヴィス・コステロが歌っている。曲wikiによると作詞作曲ではないようだ。

 

映画は当時を知るミュージシャンには納得いかないモノだったらしい。芸術かお金かという二者択一は本来悩むようなことではない気もする。渦中にいると拘りやらプライドやら、意固地になって凝り固まってくるのは60年代から変わらないことを見る。明日にはスッキリしてる俺だ。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!