-kemurikikaku-

ママチャリに乗った小っちゃいオッサンの日記

クレッシェンドをまとめて

 

なにこれ。

クッション?布団?良過ぎる。

 

2021年エメラルド・フェネル監督作品「プロミシング・ヤング・ウーマン」を見た。

 

医学部の優等生として"将来を約束された若い女性"だったキャシーはある事件をきっかけに退学し、親と同居しながらカフェでバイトをしている。時は経ち30歳になろうとしていた彼女は夜になると泥酔したフリをしてバーやクラブに向かい、「介抱してあげる」と近づいてくる「いい奴」に制裁を加えていた。

 

先日マイク・タイソンが飛行機の中で悪質な絡み方をしてきた乗客をノックアウトしたことが話題になっていた。

SNSのせいでお前らは、他人を馬鹿にしても顔面を殴られない環境に慣れすぎている

「顔面を殴られない環境」とは、なんと力強い言葉だ。タイソンはいまも現代人の脳髄にパンチラインをぶち込む。殴られないと思ってはいけない。

復讐がテーマのとてもハードな作品だった。パッと見はオシャレでポップなダークコメディとして、重たい雰囲気を排しているように見せているが、逆にそれだけ重いテーマを扱っている自負と、現実を直視してもらおうとする意気込み、工夫が素晴らしい。ライトな印象が最後までキープされつつ、要所要所に怨念、憎悪、深い悲しみの歴史を織り混ぜ2時間ずっと針で突いてくる。男性社会に抑圧されフラストレーションを溜めていた人はスカッとするかもしれない。イジメといじりの話とも極めて近く、性差別や性的加害なんてしたことない、という私をいちばん疑って見るべきであり、加害に大小はないことを知り、やった側は忘れていくことを、覚えている相手がいることを覚悟して見るしかない。

カラフルでポップな色使いが可愛く、女性的という言葉を使いたくなる全体の雰囲気。逆に男の登場する場面では男が好きそうな内装や色調、家具でまとめられていて、性差のステレオタイプがハッキリ現れる。

 

性犯罪のもみ消しがストーリーの軸なので1番の標的は男なのだが、キャシーの標的は男性だけでなく、女性にも向かうところが興味深い。また「何かが起きた」ということは分かるものの、具体的なシーンがないことで被害者の保護と共に、想像することを呼び覚ます効果を感じた。あくまで反撃の姿勢は緩めない、強い気持ちを持つキャシーを骨太に見せながら、相手がどれだけ頼りなくヘタレに映っても、ゴツい身体に太い腕がついた男だと忘れないように示唆するシーンも。

「人を呪わば穴二つ」というくらいで、自縄自縛に陥り、それはやり過ぎなんでは・・と思うシーンもあったけど、依然として加害者が「前途ある若者の未来を閉ざさないため」に守られ、被害者が声を上げられないのをいいことに、葬り去られてしまったえげつない、阿鼻叫喚の現実を糾弾する。

 

youtu.be

最新技術を駆使した作品もそうだけど、ギンギンの社会風刺作品もリアルタイムで見ていきたい。

 

「深刻な社会問題」と言われ続けて何年経った?ということが山積みになっていく。映画から教わることがたくさんある。誰かの集合知として生きる満月。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!