-kemurikikaku-

ママチャリで駆けずり回る小っちゃいオッサンの日記

一生に一度愛した人

 

9月25日にナインティナインのオールナイトニッポンが最終回を迎えた日から

何度も書いては消してを繰り返してたのですが、今年のミソギに更新。

  

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友達もいない、勉強もスポーツもオタクもヤンキーも出来ない。

文字通り糞みたいな生活に限界が来てた14歳の夏、

ナインティナインのオールナイトニッポンに出会って

今日までちょっとだけ頑張ってこれたと思っている。

大げさ〜に言えば、生きる望みをくれた番組が終わった。

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深夜ラジオって「聞き方」があって、「リスナー」になれるかどうかは

聞く人がトークなりコーナーに波長を合わせられるかがとても重要だったりする。

 

まだyoutubeがなかった頃なので、深夜1時まで起きて、

何が面白いかわからない身内ネタやコアな話を聞きながら、

なんとなく探り探り、笑い方や、笑う所をチューニングしていく感覚を養う。

「リスナーと作っていく」という趣がラジオにはある。

 

中学の技術の時間に作ったラジオで、荒い電波をキャッチして聞いたのが最初だった。

岡村さんがSMAP中居正広ノーパンしゃぶしゃぶに行った話をしていた。

 

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話し出すと幾らでも書けてしまうくらい、ナイナイに個人的な想いは尽きない。

鬱屈してた中2から一転、中3では修学旅行用にネタを作って稽古して

舞台に上がって漫才をするくらい、明るい人格を作る事が出来ていた。

大袈裟でもなんでもなくそれは2人のおかげで、その延長線上に今の自分はある。

 

どれくらい好きかと言うと、誰に見せるわけでもなく、

大学ノート何ページにも渡り2人の事を書きまくっちゃうくらいの痛い感じです。

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自分は黒歴史と思ってない辺り、かなり重傷なんだろうなとは思っています。

 

このノートを書いてた時はもう大学生だった。

毎週欠かさず、木曜1時はどんな予定も入れないようにして家にいた。

バイトも毎週木曜日を休みにしたし、友達、彼女と遊んでようが、

木曜1時はナイナイのオールナイトの為だけに自分は存在していた。

 

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私は、こんなに愛したナイナイのオールナイトニッポンを裏切った。

これは懺悔録であります。 

 

スタンリー・キューブリック監督の遺作「アイズ ワイド シャット」で

「一目惚れの魔力」みたいなものに言及するシーンがある。

旦那のいる女性が旅先のホテルの中ですれ違った

名前も素性も知らないある海兵を見た時に、

「もしあの時、彼に誘われたら、自分は断る事が出来なかったと思う」と告白する。

実際には何もなかったけれど、女にだって性衝動があるんだという事を語るシーンがある。

 

2001年から「松本人志高須光聖の放送室」というラジオが開始された。

同世代のほとんどの人間が松本人志の面白さを知ってたし、認めていた。

"自称・お笑い通"みたいな連中でさえ、「天才」なんて言葉を使って彼を褒めた。

 

私も松ちゃんが好きだし、どんなラジオなのかメチャクチャ気になった。

でも聞けなかった、というそれこそ、既に裏切りみたいな感情の芽生えだったのだ。

「彼のラジオを聞いてしまったら、もうオールナイトは聞けなくなる」

という妙な自信が自分の中にはあった。

ようは「松本人志のラジオの方が面白いだろう」と思ってしまっていた。

松本人志の話芸は私にとって「アイズ ワイド シャット」の海兵だったのだ。 

 

自分は不器用な性格をしていて、一つの事に固執してしまう。

良いと思うものに一直線になってしまう。

両方を同時に楽しむという事が出来ない質なのだ。

もし面白いと思ってしまうと、それは長年聞いてきた

オールナイトニッポンを否定してしまう事になるような気がした。

そんな事ないのに(笑)

あれも面白い、これも楽しいと出来たらよかったんですけどね〜。

 

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時を同じくして、倦怠期というものは贔屓のラジオ番組にも訪れるものでして、

「どうも最近パンチが効いてない回が続くなぁ」と思いながらも

スペシャルウィークの度にテンションを持ち直す日々が続いた頃、

ニコニコ動画で放送室の面白い部分を抜粋したモノを、チラッと聞いてしまう。

 

確か放送室が最終回の3年前くらいだったと思う。

「面白い」の桁が違っていた。

これはどのラジオと比べても言えたんだけど、トークが面白過ぎた。

気付けば第1回放送を恐る恐る、最初から通して聞いて爆笑していた。

「ラジオでずっとフリートークで1時間面白いとかあり得るのか」と驚愕した。

 

この、まだ気持ちがオールナイトにある中で爆笑しちゃってる感じはまさに背徳的で、

「嫌々言いながら体は正直だな!」っていう表現がシックリくる、抗えない面白さだった。

 

笑いの快楽が感じた事のない量で次から次へと押し寄せる感覚に身もだえた。

その面白さの渦に引き込まれたら最後、他のトークでは笑えなくなってしまっていた!

 

他の人達が面白くないんじゃなくて、松本人志が面白過ぎたのだ。

そうやって自分を納得させるしかなかったし、実際にそうだった。

 

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薄情なもんで、その日から取り憑かれたように

ニコニコ動画で第1回から当時の最新話に至る放送を全話聞いていった。

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あり得ないと思ったのはどの回も1時間ずっと面白かった。

自称"笑いの天才"の力量は底抜けだった。

 

どんな話題を振られても、どんなゲストがやってきてもへっちゃらだった。

その内にだんだんナイナイのオールナイトは聞かなくなり、

後ろめたさを感じながら、木曜日に仕事が入るようになっていった。

 

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放送室を聞いて自分の中で何かが壊れた後から変化が起きた。

いろんな人のラジオを面白がって、同時進行で聞く事が出来るようになったのだ。

「これしかない」という考え方をしなくなったというか。

 

前述のアレもいいし、コレもいいと素直に思えるようになった。

 

おかげで沢山の考え方や、モノの見方を教わる事が出来て、人間が少し豊かになった。

ラジオという媒体が以前よりも身近に、そして好きになっていた。

でも、ナイナイのオールナイトニッポンだけは聞く事が出来なかった。

後ろ足で砂をかけた思いがあって、今さら戻る事が出来なかったのです。 

唯一、岡村さんが倒れた時の矢部さんがゲストを迎えてやってた時のは全話聞いていた。

そして数ヶ月前、Twitterに「最終回」の文字を見つける。

 

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「勘当されて絶縁状態にある肉親の危篤を知らされた」ような気持ちってこんなかな。

不思議な、落ち着いた、柔らかいショックだった。

ホッとしたとか、解放された、という感じはしない。

ガツンと来るかなと思ったけど、それは思った以上に柔かい衝撃だった。

 

当日はどうしても聞けなくて、後日、

youtubeにて何度もクリックしようとしては引き返した。

 

やっと聞けたのは次週より「岡村隆史オールナイトニッポン」が始まると

公表された後の話で、丁度、ヘビーリスナーの頃は夢のまた夢だった、

松本人志がナイナイのラジオについて番組(ワイドナショー)内でコメントした日に聞くことに。

 

最終回のオープニングトーク終わり、提供クレジットを読む時に、

スポンサーが2社だけになっていて動揺した。

あんなに沢山ついていたスポンサーが「スカパー」と「ブルボン」だけになってて、

ヘビーリスナーとしては「ブルボン」の一途さに泣き笑い。

 

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当時、どうすれば良いか分からない暗闇に居た私は、

「それがどないしてん!」と当たり前の顔でマイナスを笑いに変える岡村さんに

嘘みたいに気持ちを軽くしてもらった。

矢部さんには「お喋りしてる輪の中で、誰かが笑ってる」という事の重要さを教えて貰った。

 

「わぁわぁ言うとります、お時間です、さようなら」

最終回もいつも通りに締めて、いつも通りに終わっていった。

通算1013回、20年半の積み重ねが終了した。

 

「人生は続くんだなぁ」と、大袈裟に感じ入った出来事だった。 

 

 

まだ聞いてないファンの方は是非・・


ナインティナインのオールナイトニッポン 第1013回【最終回】(2014年09月25日) ありがとうやべっち!ナイナイANN20年! 矢部浩之 流行語大賞SP - YouTube