-kemurikikaku-

ママチャリに乗った小っちゃいオッサンの日記

夜明け、ロードサイド

 

 

 

幕に遮られる朝。

今日から10日間ウチを含む縦一列のベランダを塗りはじめる。

 

 

ペット葬を請負うお寺を父親がそつなく見つけてきてくれた。お焚き上げ、お骨拾いといった日本様式で区切りをつけることに。サッパリしてて腹立つくらい合理的で間違ってないお別れの仕方だ。

 

 

現地が近所だったので自転車で向かう。気づけば子供のころ気になっていたエリアへGoogleマップと突っ込んでいた。実家の辺りは山を切り開いたニュータウンで、少し道をそれると入り組んだ細い道に広大な田畑などひとつの原風景がひろがる。行きたいと思いながら「迷子になったらどうしよう」で飛び込めなかったあのころ。呑気なことを言ってられないくらいオフロード化する山道と炎天下にやられてチャリを降りた。ゼーハー歩くと切り立った丘に葬儀に特化したタイプの巨大な寺型施設が。クーラーの効いた部屋にそれぞれ目を腫らしたりした家族を発見。焼かれる前を見たくなくて骨を拾うところから参加。骨壷の頭骨に触れると石灰石みたいにスカスカの感触が指先にのこった。

 

お墓は作らず納骨堂に納めるか検討していたらしく従業員から案内を受ける。「こちらが納骨堂です」と開かれた扉の中は「京都のフリマボックス」という感じ。

 

 

コーナンに900円で売ってる棚を壁に寄せて設置しスペースを売る空間。犬見知りしてたし、ここに入れられたら自分なら嫌だなとおもった。なんとなく家族全員にそういう空気が漂い、それに寺側の人間も慣れてる様子。誰もがなんとなく口を開きづらい時間が流れるなか「ありがとうございますぅ」と母が切り出し全員窒息をまぬがれた。お母さんてそんなんやったと役割を思い出したように子供に戻る数秒。

 

 

youtu.be

70年の大阪万博では第1回日本国際映画祭が行われた。上映作品「モア」の音楽をピンク・フロイドが製作した経緯からライブが行われたり若者に向けた夢がある。現在計画進行中の万博は工事が難航し災害時に適用される政策を使い労働者を馬車馬にしようとしていると聞く。誰かの夢がそこにも。

 

なんの引力か元の列で日常を歩かされてる感じ。なにはともあれ5体満足と健康ベースでのんびりやっていきます。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

 

God took his time and so should you

 

 

 

実家のわんこが入院した。

つっけんどんな言い方しかできない人の優しさってある。わかりにくいから嫌いやけど。

 

早速お見舞いに行くとケージの中で固まっている。同室のミニチュアダックスが狂ったようにいつまでも吠えつづけ、まさか同じ騒音トラブルに巻き込まれていたのか。体調が良くなさそうなのが医者でなくても分かる。動けそうにない姿を焼き付けることしかできない。上半身を頭からつっこんで触れるように頭や身体をなでると微かに腹部に空気が入り、呼吸してるのが身体の輪郭でわかるようになった。それも辛そうな、悪い気がして名前を呼ぶのをためらった。無臭だった室内によく知る彼女のにおいが漂いはじめ生き物の力強さを知る。見つめると次第に吠声が消え、小さなケージの中に2人きりのような気がしてきた。

 

 

なんとタイムリーな。

 

俺も行ってきた。

蝉の抜け殻、誰かが乗せたと思ったらちゃんと穴がある。奇跡的な。

 

youtu.be

 


「来たからには愛す」と決めてさっそく世話をしたがったが、母親がこれを全面拒否。ほぼひとりでやってしまうことに。理由は「てめぇら信用なんねぇ、自分でやる!」だとおもう。昔からなんでも1人でやってしまう人なのでそれは驚かない。驚かないけどこっちも犬の散歩がついに叶う夢だ。しかしこれも「汚い場所しか歩いてなさそう」という理由で却下。週1回は泥まみれになるつもりだった私もそれを否定しなかった。今日までいっさい世話をせず、最初の数年は外出が多くてほとんど会うこともなかった。たまに実家に立ち寄れば必ず吠えてくる。しかし鋭い嗅覚で分かるのか、次第になでられにくるし甘えてもくるがなで終わったら牙を剥いてマジ吠えの繰り返し。近所のおっさんくらいに思われてるのが気を紛らわす逃げ道だったのに、自然と名前を呼ぶとそれに彼女が力無く反応して、どうしようもなかった。

 

「できれば自宅で家族と過ごす時間を」と言われ母に連絡。偶然にも父と車で一緒におりその足で病院へ。その日「18:50に息を引き取りました」とLINEが来た。「待っててくれた」なんて自分が死神みたいだから思いたくないけど最後に会えて良かった。ココまたなー!愛してるで!(泣笑バク宙)今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

 

その間の記憶が薄い

 

切ない気持ちのゴミ捨て場。

夜になると開きたくなる扉。

 


落合陽一さんのツイートが目に止まる。

 

因果関係はないが、最近ネガティブ寄りで話題になっていた国内のヒップホップイベントのことが頭に浮かんだ。「まるでブレイキングダウンだ」というのが見たままの感想になるようで、音楽イベントとしてはダーティな要素が前に出過ぎていると私も感じた。この手の話になると好きな人は「ストップ・ザ・ヴァイオレンス・ムーブメント」を標榜したKRS-ONEというラッパーのこと、その後に彼が別のラッパーを殴ったことで物議を醸したことを思い出すだろう。昔から日本人とヒップホップは暴力的な部分が絶望的にフィットせずここまできている気がする。アメリカで生まれた文化と日本人の気質のすり合わせがずっと続いている印象だ。

 

同じになるとは思わないけど、かつて文学の世界で起きた自然主義は表現が露悪的な方向に流れ、徐々に世間の賛同を得られなくなり衰退したそうだ。落合さんの提唱する「デジタルネイチャー」はこれまでの流れとは別の、新しい可能性に満ちたものなんじゃないかと過剰な期待もしてしまっている。

 

 

youtu.be

ずっと良い。

 

「芸人がマトモでなにがおもろいねん」論争(?)に近そうな話だけど、最近のムードはいかにも真っ直ぐな正しさ。しかしガワが綺麗で中身が腐ってることはよくある。外から見るのと中から見るのと、ほとんど誰もが違うもんなのに無視されつつある。理想が「こうあるべき」になった時の面倒臭さみたいな。日々、無意識に触れる世界や社会が変容してるんでしょう。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

 

斬新なねぷた

 

 

おもってたより「君たちはどう生きるか」は普通に楽しめた。

むずかしく考えず、見たまんま持ち帰る。



ずっとジブリ映画と並走してきた世代だからか、「今回こそ、ほんとうに宮崎駿最後の作品」と言われたら見ずにはおれぬ。ジブリだって「みなさんのおかげです」なんだと思って生き直す気持ち。

 

 

おすすめに上がってきてアカウントの存在を知る。

 

 

同じようにジブリを見てきたおっちゃんおばちゃんはTOKIOがMC(?)を務める「ガチンコファイトクラブ」で彼を知った人が多いだろう。自分もそうだった。「ヤラセなし」の意味で「ガチンコ」と冠された番組だったが、あとから出演者によって台本の存在をバラされたり放送終了後の方がガチンコだったものの、大人気で何シリーズも放映されたモキュメンタリー番組。

 

あれからしばらくYouTubeでまた見かけるようになった竹原さん。今も街の無軌道な若者たちを相手にしている姿が映る。リングに上がると日本刀のようなおっかない目つき。若者らしい舐めきった態度に怒鳴るようなことはなく、目だけを見て静かに青い炎を燃やしている。お互い間合いを測るように何発か繰り出された刹那、電光石火がイキリ立った若者に突き刺さり即ゲームオーバー。当然めちゃくちゃ手加減しての一撃だが、若者は起き上がることができないでいる。ボクシングは「ガチンコ」をあのときに見てなかったら見ることがあったか分からない。実際あの頃も今もボクシングの試合を見たことは、多分ない。しかし竹原さんや畑山さんといった「ガチンコ」に出ていたボクサーには、ちょっとしたタレントより、よっぽど感情移入して親しんだ記憶がある。こういうのも一期一会だよなぁと最近しみじみ思う。感慨が年々ふかくなっていく感覚なんだ。思考の深度は果てしないと信じて、これからどんな愉快なことを思うのか楽しみに。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

 

 

神奈川行きのバス

 

7月の終わりが見えて両靴下に穴が空く。

たくさん水が入ったコップを有効に使っています。

 

 

先日見た「ピノキオ」に人身売買をする人さらいが出てきて悪い奴だと書いた。ディズニーらしからぬ極悪さもさることながら、物語の中で人さらいは誰も捕まらないどころか、ガッツリ儲けて闇に消えるところが怖い。この手の話は勧善懲悪にしとくのがセオリーだろうが1940年にまだそのお約束がなかったのか、敢えてリアルを取ったのか。

指を止めてぼーっと一息つく。ここ1週間くらいなにをしてるのか分からないが少しだけ勢いよく外に飛び出した。

何年も着ている仕事用のTシャツが洗っても耐え難い生乾き臭がして不快。「60℃のお湯につけてから洗濯する」といいそうだけど「物を50個捨てる」のも終わってないから一式買い換えるか。

 

それはさておき。

 

youtu.be

キューさんインタビューご馳走様でございます。公式がアップしてるけどいつまで見れるのか。

 

 

落語、花輪和一長新太、出てくるトピックスに自分がハマった理由が見える。こないだから運動習慣がついた身体にやたらと外へ引っ張り出されている。健康的でありがたい話だけど気づけば炎天下を3時間歩いて首の後ろを真っ黒にしたりしている。なにをしてるか分からない。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

ピノキオ(吹替版)

ピノキオ(吹替版)

  • ディック・ジョーンズ
Amazon

 

 

A day on Venus is longer than a year on Venus

 

 

新月のお願いが全て簡単に叶いました。

私は幸せです。

 

 

美女と野獣」「ピノキオ」を観た。

美女と野獣」は初見。小学生の頃にグッズを持ってる女の子を見ると不思議な気持ちがした。野獣のヴィジュアルから小学生女児の関心を惹くとは思えなかったからだ。アホな男児に当時ベルは視界に入っておらず、「恋愛において見た目を気にしない美談」と極めてザックリした説明を持ち帰ってこの歳まで過ごしてきた。いま私の頬を滂沱の涙が伝い、この獣は俺だ!と感極まっていた。女の子は人間関係について子供の時から"分かってる"イメージがある。

 

 

ピノキオ」は見たことがあって幼稚園に遡る。自分は送迎バスが1番最後に来るグループで、いつも待機用の広間で延々流れるディズニー映画を見続けていた。「ピーターパン」と「ピノキオ」が高確率でリピートされていた記憶がある。

YouTubeでディズニーランド内のアトラクションを撮影した動画をよく見ていて「ピノキオ」を発見。なんでもアトラクションにするもんだと感心するが、ピノキオが誘拐されたあとが記憶から抜け落ちており、なぜゼペット爺さんと一緒に鯨の腹の中にいるのか思い出せないでいた。どうやら悪ガキがロバにされたりする怖いシーンが抜けている。そこらを楽しみに映画を見たが人さらいがマジで悪い!児童人身売買が話のコアにあって物語の半分を使っている。当時の社会風刺や注意喚起の意味があったのかも。結構おどろいた。

 

 

youtu.be

セリーヌ・ディオンとはつゆ知らず。ピーボ・ブライソンの歌唱が雄々しく鳴り響く。

 

ジョン・レジェンドアリアナ・グランデバージョンはもうちょっとしたら聞こう。エマ・ワトソンの実写も良いらしいけど今はアニメの良さにひたる。1946年に詩人のジャン・コクトーが監督した映画は野獣が特撮の怪人みたいで笑ってしもたが、ディズニーは未就学児が感動できるわかりやすさとテンポを織り重ねてる。今日も最高の1日でした。明日はもっと最高の1日になるで!

 

美女と野獣 (字幕版)